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前回は幹細胞の基礎についてお話ししましたが、今回は「細胞の時間は本当に巻き戻せるのか?」という、生命の神秘に挑んできた科学と医学の歴史、そして最新のトピックをご紹介します。
iPS細胞の誕生は、決して突然のひらめきではありませんでした。古くは1950年代のカエルの核移植実験に始まり、1981年のES細胞の樹立、そして2006年の山中伸弥教授によるiPS細胞の誕生へと、数多くの研究が積み重ねられてきました。
かつて、一度役割が決まった大人の細胞は二度と元の未分化な状態には戻れないという「一方向性」の運命を辿ると信じられてきました。しかし、現代医学はその定説を覆し、特定の因子を導入することで細胞の時計を巻き戻す「初期化」*Ⅰを可能にしたのです
これまでの再生医療の主流は、「ヒト細胞 → iPS細胞(初期化) → 別の必要な細胞(分化)」というプロセスを辿るものでした。しかし現在、さらに進化した「ダイレクトリプログラミング」*Ⅱという技術が注目されています。
これは、iPS細胞という「何にでもなれる状態」を経由せずに、例えば皮膚の細胞(線維芽細胞)*Ⅲから直接、心筋細胞や神経細胞へと「運命」を転換させる技術です。いわば、山登りで一度山頂(受精卵に近い状態)まで戻るのではなく、別の尾根へと直接飛び移るようなショートカットの手法です。
この技術の最もエキサイティングな点は、「生体内リプログラミング」*Ⅳの可能性です。例えば、心筋梗塞などで傷ついた心臓の中に、特定の因子を直接送り込むことで、心臓内の細胞をその場で心筋細胞へと作り変え、心機能を再生させる研究が進んでいます。
現在はまだ基礎研究の段階ではありますが、将来的にこの技術が実用化されれば、手術で細胞を移植するのではなく、「体内の細胞をその場で作り変えて治す」という、究極の個別化医療が実現するかもしれません。
【用語説明】
*Ⅰ 初期化(リプログラミング):細胞の運命をリセットし、受精卵に近い多能性を持たせること。
*Ⅱ ダイレクトリプログラミング:多能性幹細胞(iPS細胞など)を経由せず、
ある体細胞から別の種類の細胞へ直接転換させる技術。
*Ⅲ 線維芽細胞:皮膚や臓器の間質に存在する、リプログラミング研究でよく使われる細胞。
*Ⅳ 生体内リプログラミング:培養皿の上ではなく、生きた体の中で細胞の運命を書き換える技術。
2026.06.02
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