近年、ニュースなどで「再生医療」という言葉を耳にする機会が増えたのではないでしょうか。再生医療とは、細胞そのものを「薬」として使い、怪我や病気で失われた体の一部や機能を回復させる新しい治療法のことです。本日は、この医療の根幹を支える「幹細胞」の不思議な力について、現代医学の視点から解説します。

—私たちは一つの細胞から始まった—

私たちの体は36〜37兆個もの細胞で構成されていますが、元を辿れば、たった一つの「受精卵」から始まっています。受精卵が分裂を繰り返す過程で、細胞は徐々に「将来の役割」を決めていきます。これを細胞の「運命」と呼び、神経や皮膚、筋肉、内臓などへと分かれていくのです。

興味深いのは、どの細胞も核の中に「ゲノム」という同じ設計図を持っているという点です。それなのに、なぜ形や機能が異なる細胞になれるのでしょうか。それは、細胞ごとに設計図のどの部分を読み取るかという「遺伝子のオン・オフ」*Ⅰを制御する仕組みがあるからです。

—「幹細胞」という名の多能性プレイヤー—

この細胞の運命を司るのが「幹細胞」*Ⅱです。幹細胞には、自分と同じ細胞をコピーする「自己複製能」と、別の種類の細胞に変わる「分化能」*Ⅲという2つの特別な能力があります。

幹細胞は大きく2種類に分けられます。一つは血液や皮膚など特定の組織で、消えた細胞の代わりを造り続けている「組織幹細胞」*Ⅳです。もう一つは、私たちの体の細胞であれば、どのような細胞でも作り出すことができる「多能性幹細胞(Pluripotent Stem Cell)」*Ⅴです。後者の代表例が、普通の細胞をもとにして人工的に作られる「iPS細胞」*Ⅵです。

—運命を巻き戻す「初期化」の発見—

かつて、厳重に固定化された大人の細胞の運命を巻き戻すことは不可能と考えられてきました。しかし、この定説を覆したのがガードン教授や山中伸弥教授の研究です。

彼らは、細胞に特定の刺激や遺伝子を与えることで、細胞の時計を巻き戻し、受精卵並みの分化能を取り戻せることを証明しました。これを「初期化(リプログラミング)」*Ⅶと呼びます。現代医学では、この技術を用いて「ヒト細胞 → iPS細胞 → 別の必要な細胞」へと成長させ、治療に役立てる道が開かれています。

自然界に目を向けると、体を切られても再生するプラナリアや、足を失っても完全に再生するイモリなどが存在します。彼らは体内の幹細胞を巧みに操り、時には一度決まった細胞を未分化な状態に戻す「脱分化」*Ⅷという驚異的な仕組みを使って体を治しています。

再生医療は、こうした生命が本来持つ「再生する力」を現代医学の技術で引き出し、これまでは治せなかった病気や怪我に挑む医療なのです。

【用語説明】

*Ⅰ 遺伝子のオン・オフ:同じ設計図(ゲノム)を持ちながら、細胞ごとに必要な機能だけが現れるよう制御する仕組み。

*Ⅱ 幹細胞:自分と同じ細胞を増やす能力と、他の細胞に変わる能力を併せ持つ細胞。

*Ⅲ 分化能:皮膚や血液など、体を作る様々な細胞に変化する能力。

*Ⅳ 組織幹細胞:決まった組織や臓器で、消えた細胞の代わりを造り続けている幹細胞。

*Ⅴ 多能性幹細胞:私たちの体の細胞であれば、どのような細胞でも作り出すことができる能力を持つ幹細胞。

*Ⅵ iPS細胞:普通の細胞をもとにして人工的に作られた多能性幹細胞。

*Ⅶ 初期化:細胞がそれまでの役割を捨て、受精卵並みの分化能を取り戻すこと。

*Ⅷ 脱分化:一度役割が決まった大人の細胞が、再び未分化な状態に戻ること。

ルネスクリニック日本橋