前回は細胞の運命を書き換える「初期化」についてお話ししましたが、今回はその技術が実際の治療(移植医療)や薬の開発にどう活かされているのか、現代医学の最前線を解説します。

1.すでに普及している再生医療:造血幹細胞移植

実は、再生医療は新しいものばかりではありません。古くから臨床で行われている代表的なものが、血液の病気に対する「造血幹細胞移植」*Ⅱです。

造血幹細胞*Ⅲは、赤血球や白血球といった血液成分を作り出すだけでなく、自分自身を新しく作り出す能力も持っています。一時的に足りない成分を補う「輸血」とは異なり、移植された細胞が体内で生着することで、長期にわたって血液を供給し続けることができるのが最大の特徴です。

2.移植の大きな壁「HLA型」と拒絶反応

移植には、自分の細胞を使う自家移植*Ⅳと、他人の細胞を使う他家移植*Ⅴの2種類があります。他人の細胞を移植する際に重要となるのが、細胞の目印である「HLA型」*Ⅵの一致です。

HLA型が一致しないと免疫による拒絶反応が起きますが、血縁者以外で一致する確率は数百〜数万人に1人と極めて稀です。そこで現在、多くの患者さんに迅速に細胞を届けられるよう、あらかじめ日本人に多いHLA型のiPS細胞を蓄えておく「ストック計画」も進められています。

 

3.iPS細胞が広げる「移植」と「創薬」の可能性

従来の幹細胞移植は血液疾患などが主でしたが、iPS細胞の登場によりその適応は飛躍的に広がっています。

 ●多様な組織への移植: 「ヒト細胞 → iPS細胞 → 別の必要な細胞(心筋や網膜など)」というプロセスを経て、特定の役割を持つiPS細胞由来の細胞*Ⅶへと変化させることで、様々な臓器の治療が可能になります。2014年には世界で初めて網膜の治療に活用されました。

 ●「創薬研究」*Ⅷへの応用: 患者さんの細胞から作った疾患特異的iPS細胞*Ⅸを使うことで、これまで難しかった難病の病態を培養皿の中で再現できるようになりました。これにより、数千億円もの費用と10年以上の歳月がかかる薬の開発において、より正確かつ効率的に新薬の候補を見つけ出すことが可能になっています。

再生医療は単なる「移植」に留まらず、病気そのものの原因を解明し、新しい治療薬を生み出す現代医学の強力な武器となっているのです。

【用語説明】
*Ⅰ 幹細胞移植:病気などで失われた機能を、幹細胞を用いて回復させる治療法。
*Ⅱ 造血幹細胞移植:血液の元となる細胞を移植し、体内の造血システムを再構築する治療。
*Ⅲ 造血幹細胞:血液(赤血球・白血球・血小板)を作り出し、自らも複製する能力を持つ細胞。
*Ⅳ 自家移植:自分自身の細胞をあらかじめ採取し、治療後に自分に戻す移植方法。
*Ⅴ 他家移植:ドナー(他人)から提供された細胞を移植する方法。
*Ⅵ HLA型:白血球の型。移植の際の拒絶反応に関わる、細胞表面の重要な目印。
*Ⅶ iPS細胞由来の細胞:iPS細胞を特定の目的に合わせて成長(分化)させた細胞。
*Ⅷ 創薬研究:新しい薬の候補を見つけ出し、安全性や有効性を確かめて製品化するための研究。
*Ⅸ 疾患特異的iPS細胞:特定の疾患を持つ患者さんの細胞から作られ、その病気の性質を再現したiPS細胞

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